新潟家庭裁判所 昭和46年(家)3108号 審判
〔主文〕本件申立は、これを却下する。
〔理由〕一、本件申立の趣旨及びその実情
申立人の氏「松永」を父の氏「尾崎」に変更することを許可する旨の審判を求め、その申立の実情として、申立人は昭和四三年四月三日松永育技の子として生まれ、同月二三日父尾崎俊一より認知された。申立人は出生以来父のもとにおいて監護養育を受け、明年四月には幼稚園に入園する予定であり、そうなると父と氏を異にするのは何かと不便であるので父の氏を称したいと述べた。
二、本件申立の背景となる事実関係
調査審問の結果によれば、つぎのような事実が認められる。すなわち、
(一) 申立人は、昭和四三年四月三日母松永育技の非嫡の子として出生し、同月二三日、父尾崎俊一より認知され、かつ、父俊一は現在母育技と同居し、申立人はその監護養育を受けている。申立人は明年四月、幼稚園に入園すべく入園願書を提出し、面接試験を受けたのであるが、その折も父の氏を称して手続きをなしている。
(二) 父俊一は、昭和二三年、佐野ミツ方の婿養子になつたが、翌二四年妻ミツと仲違いをして別居したものの、昭和二五年、ミツからの復帰の申入れに応じ、しかし、婿のままではいやであるからと一旦協議離婚の届出をした後、改めて俊一の氏「尾崎」を称する婚姻届出をして別居を解消した。そして、父俊一と妻ミツは、昭和二九年一二月二四日、野田栄治(昭和二五年一一月一四日生)と養子縁組届出をし、また昭和三一年三月一五日に同人らの間に長男邦夫が出生した。
(三) 父俊一は、昭和二八、九年頃から約二年間に亘り住込み従業員であつた大杉ソメと情交関係を結び、これが妻ミツに知れるところとなつて大杉ソメは退職し、その関係は絶えたのであつたが、昭和三一年頃からまたも住込み従業員であつた母松永育技(昭和一四年九月六日生)と情交関係を結び、同女を市内アパートに住まわせ、現在はそば屋営業の○○店である現住所に住まわせて、関係を継続している。
(四) 父俊一と妻ミツはそれまでの行商をやめて昭和三二年頃そばやの更料△△店を開き、妻ミツはまだ幼い長男邦夫のおむつの世話も十分にできない程の思いをしてその営業に協力してきたのであるが、父俊一は昭和四一年一二月に△△店の建物を担保に資金を借りて○○店を開き、翌四二年二月以降には同所で母育技と同棲し、○○店の経営で生活をたて、△△店に妻ミツ、邦夫らを置いて出てしまつた。妻ミツは父俊一より昭和四二年五月一一日、ミツ、邦夫共有の移転登記を経由した△△店で邦夫を扶養しつ、同店経営による収入で生活している。
(五) 父俊一と妻ミツの仲は婚姻当初から円満を欠いてはいたが両者が昭和四二年二月以降別居するに至つたのは、父俊一と母育技の関係の存在が直接の原因となつているのであり、しかも、その別居は夫婦の合意によるのではなく、父俊一が母育技と○○店で同棲すべく△△店を出て行き、○○店に妻ミツが出入するのを拒んだがために生じた結果である。そして父俊一は、昭和四四年、新潟地方裁判所に妻ミツに対する離婚請求訴訟を起したが敗訴し、同判決は控訴なく確定した。妻ミツは現在においても夫との婚姻継続の意思を失つていないし、長男邦夫もまた父の復帰を望んではいるものの、両者の母育技に対する感情は決して平穏ではなく、また申立人に対するものにも複雑なものがあつて、申立人が同一戸籍に入籍すれば、それがあたかも両者が申立人を子あるいは兄弟としてその関係を認容し、ひいては母育技と俊一との関係をも許容したかの如くに見られ、その結果邦夫らの将来に支障をきたすと感じており、申立人の入籍に反対する意思を表明している。養子栄治は、俊一が同業の××屋へ期間を定めて店員見習いに住込ませたが、その期限が来ても○○店への帰宅を許さず、再度住込み見習いを命じたことに反発して昭和四三年頃家出し、東京方面で働いている模様である。
三、判断
そこで、以上認定の事実関係のもとで、本件申立を相当なものとして許可すべきかどうかについて検討するに、申立人自身については以上認定の父母との関係からは何等本件申立を不当とする理由はない。また、申立人が申立人の父の妻と同一の戸籍に入籍し、同一の氏を称することは何ら新たな身分関係を生ずるものではないから、妻と嫡出子の反対を願慮することなく変更を許可すべきという見解もある。
しかし、妻と嫡出子が嫡出に非ざる子が同籍するのは同人らが非嫡子との関係ひいてはその母と父との関係までも許容してのことと他から見られ、その将来において社会生活上の支障が生ずると考えるのは一般国民感情として肯定し得るところである。また、もしこの場合に、父の妻の反対を単なる感情の問題にすぎないとして排斥し得るとすれば、子が父の氏に変更したいと申立てることも、また法律関係には影響のない感情の問題ともいい得るであろう。非嫡出子の改氏の意思、その社会生活上の利益を保護尊重しなければならぬというならば、同時に婚姻の倫理性、家庭の平和と健全性のため妻、嫡出子の意思をもまた無視すべきでないというべきである。
したがつて、家庭裁判所は民法第七九一条の子の氏変更の審判に際し、法律上の親子関係があるかどうか、同条二項の要件を具備しているかどうかの形式的要件の審査及び氏の変更が呼称秩序をみだすかどうかの判断だけでなく、改氏に異議をとなえる者があると思料される場合には、すすんで非嫡子の保護と婚姻の尊重という両面から関係人の利害感情を比較衡量し、改氏に反対する者の側の事情よりも、非嫡子の保護を優先させるべき事情が存在するかどうかについても審理しなければならないと解すべきである。
これを本件についてみるに、申立人は未だ幼年であるから、本件申立は母育技又は父俊一の意思によるものと推認されるところ、俊一は昭和四二年から妻子を放置してかえりみず、妻側の俊一、育技に対する感情は悪化しており、申立人の父と妻との別居の理由が前記認定のとおりであることからしても妻子の反対をそのままにして直ちに本件申立を許可することは、これら夫婦親子間の葛藤をさらに深め助長する虞れがあるものといわねばならない。このような事態を招来
したことについて、もとより申立人自身には何等責任はないわけであるが、先に認定した申立人及び俊一、育技側と、妻の側の各感情を比較検討するならば、少くとも本件においては改氏に反対する妻の意思を尊重すべきであり、それが婚姻の倫理性、家庭の平和と健全性を守るゆえんというべきであつて、これと相容れない申立人の利益が損なわれることは、その保護を優先させるべき特段の事情のない以上やむを得ないことである。
よつて本件申立は相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり審判する。 (井野場明子)